幼少期のいじめが、強く生きる心を育ててくれたと思います。

人生つらたんな体験談

私の人生においてつらい時期というのは、ずいぶんと早い時期に訪れました。

この世で生きるつらさをまず最初に感じたときは、幼稚園の時です。

毎日のように泣いた幼少期

一人の男の子にずっといじめられ、毎日のように泣いて過ごしていました。

母親は何度も幼稚園に出向き、先生と何度も話し合ったようですが、全く問題が解決されることなく、卒園することになりました。

いじめの原因は、私の内向的な性格もあるのでしょうが、一番は太っていたことが原因だと思います。

見た目で判断される日々

「デブ」や「ブタ」はもう何度も聞き飽きるくらい言われてきましたし、体型を馬鹿にされたことは一人からではなく、何人もいます。

小学校になってからも状況にさほど変わりはなく、友人は何人かいたものの、学校という場所は私にとって地獄のようなものでした。

見知らぬ子供に通りすがりに「デブ」と言われることもありました。

子供だけではなく大人からも深く心を傷つけられたこともあります。

「あら、あの子体格がいいね」と言われると、皆の視線が私に集まります。

大人側からすると、悪意があって言ったことではないのでしょう。

それは子供の私にだって理解できます。

しかし、やはり体のことを言われると傷つくのです。

大人ならばそのことを察してほしかったのです。

言葉は力を持ち、人の心を鋭く切り裂きます。

その傷は大人になっても決して癒えることはないのです。

その罪深さをどれほどの人が理解しているだろうと、私は小学生の時に思っていました。

自分の考え方を変えてみると楽に

それでも私が何とか生きてこられたのは、どこかで人というものを見限ったからなのかもしれません。

「所詮人間はこんなものだ」と思えば、少し心が楽になれたのです。

そこから私はこう思うようになりました。

「デブでも普通の人と同じことが、当たり前にできるようになってやろう」と。

跳び箱もみんなと同じように跳べて、鉄棒で逆上がりだって出来て、運動会のかけっこだって一度もビリになったことはない。

そんな「できるデブ」になってやろうと思ったのです。

実際そこそこ運動神経のあるデブだったので、これらはすべて実現することができました。

つらい思いをした時期が早かったせいもあるかもしれませんが、そのことが逆に大人になってから強く生きられる術を知ることにつながったのかもしれないと思っています。

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