中学校でのいじめを乗り越えた時の経験をお話したいと思います

人生つらたんな体験談

いじめという現象は、日本人の伝統芸みたいなものだと思います。

大々的にマスコミなどでいじめが取り上げられたのは、平成になってからです。

それ以前、いじめはなかった。

人間関係に限定して言えば、平和だったと思いますか。

私の経験だけで言うと、いじめはいつの時代にもありました。

例えば、私が中学1年生のころの話です。

もう、40年も前になってしまいます。

マンモス校のひどいいじめ

小学校を卒業して、私が入学した中学校は、いろいろな小学校を卒業した生徒たちが通学してくる、マンモス中学校でした。

その中のひとつの小学校卒業者は、今でいうやんちゃな連中がいっぱいいました。

私が入ったクラスにも、5人ほどいました。

私は病弱、弱っちい、自分の意志をはっきり主張しないといういじめの格好のターゲットでした。

5人は。私にさっそく目をつけたのです。

始めは荒っぽい言葉を浴びせ、それがエスカレート。

次に私を殴る、けるという暴力になってしまったのです。

このままでは、学校にいけなくなる。

生命の危険を感じました。

誰も助けてくれないなら立ち向かおう

こういう時、誰かに相談したくなります。

友人や親、担任の先生が頭に浮かびます。

私も自分の苦境を訴えました。

しかし、まともに取り合ってくれる人はだれもいませんでした。

この時、私は悟ったのです。

自分のことは、自分でけりをつけなくてはいけないんだと。

5人に立ち向かっていきました。

集団で俺をいじめるなんて、お前たちなんてずるいやつらなんだ。

そんなにまでして、俺をいじめたければ、やればいい。

しかし、俺はからなず仕返しするからな。

新聞社にお前たちのこともう言っている。

○○という記者に会って、話をしているからなと叫んだのでした。

そして、○○さんの名刺を掲げたのです。

今も昔も教師は保身ばかり

その光景を見ていた担任の教師の顔色が、みるみる変わっていきました。

5人をほおっておくと、自分の立場が危うくなると思ったようでした。

いきなり5人の顔をビンタしたのです。

そして、私をいじめることをこれからもしたら、許さないぞと怒ったのです。

何とも、情けない教師です。

今のいじめをめぐる教師の対応に共通するものがあります。

しかし、それ以降いじめはぴったりなくなったのです。

書いていると嫌な気分になりますが、この時の覚悟があれば、多少のつらいことは

簡単に乗り越えてくることができました。

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